Як-40に乗った話

このフライトルポは2008年にロシア国内線に搭乗した際の記録です。現在は当該機種に乗ることは、ロシアであっても難しくなっているようです。

2008年は、私にとっての「Visit Russia Year」でした。1年に2度も同じ国に行く、ということはあまりありません。しかも、ビザの必要な、どちらかと言えば行きにくい国に2度も行くことは、かなり珍しいとも言えます。

さて、今回はある意味強烈な、Yak-40の搭乗レポートを掲載しようと思います。

搭乗したのは、2008年3月。極東ロシアに行き、ウラジオストクからハバロフスクで鉄道移動して、復路は空路でウラジオストク経由新潟に向かった時でした。ウラジオストク航空の時刻表を見ると、この便はTu-154とYak-40で運航されているようでしたが、Tu-154の便が所要時間1時間なのに対し、Yak-40の便は1時間30分。距離は406マイルですので、大阪~福岡よりちょっと長いくらいです。

どうもこの飛行機、ジェットエンジンがソビエト時代に開発された非力なイフチェンコAI-25エンジンが3発。このエンジン、どうもこの飛行機をプロペラ機並の速度でしか飛ばす能力がなかったようで、巡航速度もYS-11といい勝負です。
そして、3発のジェット機ながら、定員は20人~35人。私の乗ったこの便が、34席仕様でしたが、上の写真の通り、キャビンは椅子でギッチギチ。前の方の席に座ったロシア人の熊みたいなおじさんたちは、ずいぶんと窮屈そうです。ほとんど路線バスと同じようなシートは、長時間乗るにはかなりしんどいです。
運航コストや燃費を考えると、決して効率的な飛行機とは言えませんが、こういう異端児の方が、乗るには面白いとも言えます(^_^;)。

安全のしおりを見ると、コックピットの天井からも脱出可能、と書かれています。

ちなみに、乗り降りは後部のタラップから。MD-81やMD-90には、後部に内蔵タラップがありますが、あれと同じようなタラップが、Yak-40にもついています。乗り降りはそのタラップのみです。タラップを上がった所には、IL-86と比較するとずっと小さいものの、荷物室が。今はチェックイン時に預けて、係員が勝手に積んでくれますが、昔はIL-86と同じく、「自分で置け」と言うことだったんでしょうね。

座席番号の表示はこれだけです(^_^;)。搭乗券には8C、8Dと書かれていましたが、機内の表示は8В、8Г。
航空会社によっては、キリル文字併記になっていて、ABC-DEFが、АБВ-ГДЕになってしまうようです。
ちなみにこの飛行機、表示に英語は一切ありませんでした。

「禁煙」「シートベルト着用」までこの通り。
これ、1つずつ文字を探して入力し、Google Translateで変換して、ようやく書いてある中身が分かりましたが、Yak-40に外国人が乗ることは、あまり想定していないようです。

これだけ普段乗っている飛行機と違うと、1時間半なんてあっという間です。
ウラジオストクに無事到着し、タラップを降りて飛行機を後にしようとすると・・・

「荷物をここで下ろすから、持って行ってくれ!」

みたいなことを言われたようです。
タラップの下で待っていると、係員が荷物室から荷物を下ろして、地面に置くと、次々同乗の人たちが荷物を持って行きます。到着後にソビエト方式体験!です。

ターミナルまではバスで誘導され、新潟行きに乗り継いで日本に帰りました。

ちなみに、富山に就航していたYak-40は20席仕様で、機内食も出る関係で、テーブルもついていたようです。

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