Ил-86に乗った話

Ил-86に乗った話

旧ソ連のジャンボジェットことIL-86には、2000年に中国で乗る機会を作れなくもなかったのですが、さすがに上海や北京から烏魯木斉まで飛ぶルートで、単純往復の片道あたりが飛行時間3時間~4時間。しかも運賃が片道3万円近い価格。結局、それで乗らずじまいになってしまい、そうこうしているうちに中国から退役、1990年代に日本やEU諸国に問題なく乗り入れのできたIL-86も、ICAOの騒音規制に引っかかるようになり、2002年から乗り入れができなくなってしまいました。

ロシアの国内線では、その後も細々と使われていたことは知っていましたが、まさかロシアに行く訳にも行かず、しかもIL-86は、主にバケーションチャーターでトルコやエジプト、場合によってはタイに行く便で使用されている事が多かったので、ピンポイントで乗ることも、かなり難しい状態でした。

ところが、2008年に2度、ロシアに行く機会がありました。1回目は極東ロシアだったんですが、旧ソ連機に一度も乗れずじまい。さすがに旧ソ連機が、ここまでヤバい状態になっているとは思わず、その秋に予定していた東欧旅行をキャンセル。ロシア行きに振り替えてしまいました。

そのロシア旅行の計画を立てる段階で、IL-86はウラル航空のエカテリンブルグ往復で利用できることが判明。ロシア語のサイトを、オンライン翻訳サイトで英語に翻訳し、何とか航空券を購入したのですが、ちょうどリーマンショックや燃料費高騰の頃で、好景気に沸いたロシアの経済が冷え込み、航空会社が次々に倒産して、それに巻き込まれる羽目になりました。

Ural Airlines IL-86 RA-86120 at Moscow Domodedovo Airport (Oct. 2008)

同行者のアイデアで、モスクワ~サンクトペテルブルグ往復を除けば、ほとんど予定通りのフライトに乗らず、結構な金額を使ってしまったのですが(^_^;)、幸いにしてエカテリンブルグ~モスクワ間で、ウラル航空のIL-86に乗ることができました。

さて、IL-86と言う飛行機、見た目の威風堂々さはさておき、実はいろいろな面で、非常に面白い特徴を持っています。乗るならそれを見たい、と思っていたのですが、残念ながらそのシステムは、晩年には使用していなかったようです。

エカテリンブルグ・コルトソヴォ空港で出発準備中のウラル航空のIL-86。L2ドアにブリッジが接続されているのがお分かりだと思いますが、L1ドアは開けられず、なぜか下にタラップが出ています。これこそがIL-86特有のシステムです。

ソビエト時代には、荷物をチェックインする、と言う制度がほとんどなかったようで、基本的に「自分の荷物は自分で持って行け」と言うことになっていたようです。つまり、セキュリティチェックを機内持ち込み手荷物も、チェックインバゲッジも一緒に通し、全部の荷物を持ってタラップから搭乗。そしてこの荷物棚に荷物を置き、客室に入る、と言う制度だったそうです。

まあ、普段荷物はチェックインするものと、機内に持ち込むものの2つに分ける、と言う制度に慣れている私たちからすると、すごく不思議なシステムに見えますが、IL-86だけでなく、Yak-40などでもそういうシステムが採用されていたようです。
ただ、当然ですが、荷物の紛失は相当多かったようで、結局このタラップから搭乗するという変わったシステムは廃止されてしまったようです。

ちなみに、機体についているドア、元々は「非常口専用ドア」だったそうで、現在は改修されて乗降用の扉として使用されている、と言う訳です。

IL-86は、「大いに参考」にした旅客機の存在があります。設計思想としてはDC-10とも言われていますが、どちらかと言えば、当時ソ連に売り込みに行ったロッキードのL-1011トライスターの設計がかなり反映されているようです。
この写真は、トライスターの名物でもあったギャレーエレベーターをそのまま模倣した、IL-86のギャレーエレベーター。地下にギャレーを設置する思想は、まさにトライスターを「大いに参考」にした証拠です。
もう1箇所、トライスターを「大いに参考」にしたのがこちら。

トイレを後方にまとめたシステム。
何だかトライスターに再び乗ったかのようなノスタルジーを感じるキャビンになっていました。

客室は3-3-3配置の9アブレスト。真ん中にストレージがないのもトライスターっぽい所です。
座席の空気吹出し口がDC-10を大いに参考にしているようです。
ちなみに、この機体は、スクリーンもオーディオもついていませんでしたが、中国新彊航空で飛んでいた機体は、プロジェクターとスクリーンがついていたのを見たことがあります。改修すれば取り付けは可能のようです。

エカテリンブルグからモスクワまでは2時間ほど。距離は900マイル弱ですので、ちょっとした国際線くらいの距離はあります。世界で最も大きい国ロシアでは、国内線でも飛行時間10時間、と言うフライトが普通に存在していますので、このフライトは短い方に入ります。

Ural Airlines IL-86 RA-86093 Toilet 

普通、このサイズの機体が就航するような空港ですと、平行誘導路があることが多いです。エカテリンブルグ・コルトソヴォ空港も、平行誘導路はあったのですが、滑走路のエンドから目一杯出力を上げたかったのか、一度滑走路に乗った後、エンドでずいぶんと窮屈そうに方向転換。ブレーキをかけたまま目一杯出力を上げてエアボーン。旧ソ連機特有の低い上がりも特徴的でした。

Ural Airlines IL-86 RA-86093 Door

コックピットから客室に、「まもなく離陸します」と言うチャイムが鳴ることをご存知の方、多いと思います。ボーイングやエアバスの機体だと、「ポーン、ポーン」と2回くらい鳴りますよね?YS-11だと、ベルが2回。IL-86は、この大きな機体にお似合い(?)の、けたたましいサイレンが鳴るんです。最初、何があったのか、と思ってしまいました。

Ural Airlines IL-86 RA-86093 Emergency Instruction

ロシアの国内線では、だいたいのフライトで機内食が出ます。400マイルくらいのモスクワ~サンクトペテルブルグでも、サンドイッチ程度の食事が出ます。今やドリンクですら有料化の進む世界の流れと逆行している雰囲気を感じますが、まだまだ飛行機が「特別な乗り物」の域を抜けていないんでしょうね。ロシアでは、長距離の移動は、結構鉄道を使う人が今も多いそうです。

Ural Airlines IL-86 RA-86093 Inflight meal

しかも機内食はこのボリュームです。払った運賃が片道3万円近いので、さもありなん、ですが、IL-86に乗らなければ、もっと安い運賃でこの機内食が食べさせてもらえます。しかも、この機内食、「ビーフ、チキン、フィッシュ」からの3チョイス。わずか2時間しか飛ばない国内線とは思えないサービスです。
こうした大都市を結ぶ路線は、複数社によるダブルトラック以上になっていることも多く、乗った当時、この路線は他にアエロフロートも飛んでいました。

Ural Airlines IL-86 RA-86093 flight deck

チーフパーサーにお願いしたら、コックピット見学の許可を機長に取ってきてくれました。見事なまでのアナログコックピットです。
IL-86、もう一度乗ってみたい飛行機ですが、もう難しいでしょうね。


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