青春の747 F-GEXB Boeing747-4B3

前回はヴァリグの2年で姿を消した747-400のお話をさせていただきましたが、今回も短命に終わった747-400について書いてみようと思います。

UTAフランス航空は、フランス第2の航空会社として、主にフランス海外県への運航を行う航空会社として飛んでいました。日本路線も就航しており、現在のエアカランのニューカレドニア線は、UTAの路線権を現在はエアカランが使っている、ということになります。

こうした海外県向けの運航が多いことから、保有機材は747とDC-10が主体で、成田に乗り入れているのにフランス本土への直行便がない、という面白い構造になっていました。

さて、そのUTAフランス航空は、ボーイング747については、1980年代初頭に2機の-200Bを導入。その数年後に、アッパーデッキを延長し、-300と同じ見た目にしてしまった-200B/SUDに改造。3機の-300も導入しており、この会社の747はすべてアッパーデッキが長いタイプのみを保有していました。1989年と91年に-400を2機導入し、全部で7機の747を導入したことになります。フランス海外県はリゾート地が多く、その関係で乗客を多数乗せられるアッパーデッキ延長型の意義が大きかったことが伺えます。

ところがUTAフランス航空は、1992年にエールフランスに吸収合併されることが発表され、保有機もすべてエールフランス塗装へと変更されることが決まってしまいます。これまでエールフランスが保有していなかった747-300やDC-10もエールフランス塗装へと変更されていきましたが、こちらは基本的に短命だったようです。

UTAの塗装をわずか数年まとっただけの747-400は、エールフランスのフリートにくわえられたあとは、他のエールフランスのジャンボと同じように使用され、2014年に退役するまで使用されていました。この機体がUTA出身であることを示す証拠はカスタマーコードくらいで、むしろエールフランスの機材として使用された期間が長かった機体でもありました。

余談ですが、元UTAの747-300は、イランのマハンエアが2機保有しており、飛ぶ回数は少ないものの、まだ籍は残っており、イラン国内線を中心に運用されているようです。

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