90年代の国際線~その1 エジプト航空のB747-300

今やナローボディも増えた日本発着の国際線ですが、1990年代前半は、まだ関空も開港しておらず、成田、伊丹は慢性的なスロット不足になっており、新規就航や増便は名古屋へ、ということが行われていました。
もちろんスロットが足りないので、成田発着はほぼ全便がワイドボディ、半数以上がボーイング747での運航になっており、伊丹に至っては既得権を持っていた航空会社以外は乗り入れできない、という状態でした。
この当時、航空会社の「苦肉の策」は沢山みられた反面、今となってはもう見られない航空会社や運用などもあり、一度きちんとまとめてみよう、ということで文章化してみることにしました。
第1回目は、エジプト航空のB747-300です。

エジプト航空は確か1970年代の後半に日本路線を開設しており、当初はボーイング707による運航、その後ボーイング767に機材が変わり、1988年から、当時導入したばかりのボーイング747-300を日本路線に投入していました。
この航空会社の成田線、B707時代からルートは同じだったようで、1991年3月のJTB時刻表によると、こんなスケジュールだったようです。

成田~カイロ
Flight No. Route Dep Arr Eqp Operation Stop
MS865 NRTCAI 1600 0520+1 747 ..3..6. 2 MNL, BKK
MS864 CAINRT 1000 1205+1 747 .2..5.. 2 BKK,MNL
+1 出発日の翌日到着

週2便の運航で、マニラとバンコクを経由してカイロに向かっており、所要は20時間ほど。B747-300であれば、おそらくドバイあたりでワンストップにすれば、所要時間も数時間短縮できたと思うのですが、マニラ、バンコクでの乗降も可能だったせいか、成田からマニラ、バンコクへの格安航空券もよく発売されていたので、結果的に日本、フィリピン、タイからのエジプト行きの需要をすべて賄った上に、以遠権で飛ばせる部分も全部賄ってしまおう、ということだったようです。

一方で、関空発着のエジプト航空は、関空開港とほぼ同時に直行便で開設されており、結果的に成田発着が直行便になったのは、確か21世紀に入るくらいの頃のこと。それまでずっとこのマニラ、バンコク経由で運航していたのですが、晩年は機材が「日替わりメニュー」になっていて、B777やA340なども投入されていましたし、このB747-300も、この後発表になった当時の新塗装(現在の塗装の1世代前)の塗装を纏って、成田に飛来していました。

現在は直行便になった上に、B777-300ERが投入されておりますので、30年近く前のマニラ、バンコク経由は、遠い昔の話になってしまったのですが、当時を知っている者としては、懐かしい思い出の一つだったりします。

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