イースタン・アンド・オリエンタルホテル

ペナンの宿の話を2回書いたので、ついでにペナンの格式高い最高級ホテルについても、少し触れてみたい。ジョージタウンの海岸沿いに建っているイースタン・アンド・オリエンタルホテル(E&Oホテル)は、1884年にアルメニア人のサーキーズ兄弟によって開業したホテルで、サーキーズ兄弟はその後シンガポールのラッフルズホテルや、ミャンマー・ヤンゴンのストランドホテルなど、現在も東南アジアの有名ホテルとして残っているホテルを開業している。
このホテル自体は一度廃業の危機に見舞われたが、1996年に全館をリノベーションしつつ、開業当時の雰囲気を復活させる再建を行い、2001年に再度開業。現在はペナン随一の高級ホテルとして営業している。
E&Oホテルは、泊まらなくても利用できるレストランやバーなどがあり、今回は夜にバーを、昼間にレストランでアフタヌーンティを楽しんでみた。

バーで楽しむものとしては、カクテルである。シンガポールのラッフルズホテルでのシンガポール・ジン・スリングは、今や定番カクテルとして有名になったが、実はこのE&Oホテルにもオリジナルカクテル、E&Oスリングがある。こちらはジン、グラン・マルニエ、クレームドミント、ドランブイとレモンジュースのカクテルで、ミントの効いたすっきりした味付けになっている。もう一つはパイナップルジュースを使ったカクテルにした(詳細は忘れてしまった)。1つずつオーダーしてみたが、値段が40リンギ近くするだけあって、ボリュームも結構多く、普段なら飲み切って店を出るのだが、ベロベロに酔っぱらってしまいそうだったので、残さざるを得なかった。

バーを出た後、E&Oホテルのレセプションで翌日のアフタヌーンティを予約しておくことにした。英語で対応してもらえるだろうと思って行くと、レセプションに居た女性が非常にきれいな、訛りのまったくない日本語を話しくるではないか。なんでも高校生の時まで日本で生活していたそうで、こちらもまさか日本語で対応してもらえると思っていなかったので、非常にびっくりした。

予約してもらうことができたので、翌日E&Oホテルに午後向かう。レストランでアフタヌーンティをオーダーすると、お茶が何種類か選べる、とのこと。けだるい蒸し暑さのペナン故に、紅茶ではなくミントティーやフルーツティーをオーダーし、アフタヌーンティを楽しむことになった。

この手のコロニアル調のホテルは、正統派の英国スタイルでサービスされるのだが、マレーシア故に、英国本国や、高騰しまくりの香港よりも安く楽しむことができる。マレーシアに来たらアジア食!という私も、今回は満足の行く英国スタイルであった。
わずか2日半のペナン滞在だったが、ホテルを使って快適でおいしい旅を楽しめたのは間違いない。

ペナンの商家を使った宿(その2)

前回に引き続きペナンの宿のお話しである。2泊目は、ペナンでおそらく最も有名な宿の一つ、チョン・ファッ・ツィーブルーマンションに宿泊した。こちらは19世紀末に華僑の商人、チョン・ファッ・ツィーが建てた邸宅をそのままホテルに転用したものだ。建物は中国様式で風水による部屋の配置になっている。公式にはチョン・ファッ・ツィーの住宅として建設されているが、実際には彼が最も寵愛した7番目の夫人とその家族のためだったらしい。一説によると、彼の8度の結婚のうち、7度は戦略的なもので、7番目の夫人だけが愛情を持っての結婚だった、と言われている。
彼の遺言で、息子が全員この世を去るまでは、ペナンの邸宅は処分してはならなかったようだ。結果、1989年に最後の息子が死去し、建物を買い取った方が再建している。再建前の写真も館内に掲示されていたが、当時は8家族が荒廃したお屋敷に住んでいたようで、現在の雰囲気とは程遠い様子であった。再建後、館内はホテルと博物館として使用されているが、宿泊しないと室内は見られないようになっている。
旅先のホテルについては特に要望してこない嫁が、珍しくこのホテルに泊まりたい、とリクエストがあったので、今回はここに投宿することになった。

前日泊まったレン・イ・タンからはタクシーで移動。青い外観が特徴的なこの建物までは5分ほどであった。チェックイン時におしぼりとウェルカムドリンクが出されて、高級な雰囲気を醸し出している。部屋は1階のシャワーのみのツインルームにしたが、きちんとエアコンも効いており、外の喧騒とは隔離されている(が、夜になると隣の屋台の歌謡ショーで歌う地元の歌手の歌がよく聞こえてくる)。

ネットで検索してみると、チョン・ファッ・ツィーの夫人たちの幽霊が出る、なんて話もあったのだが、実際宿泊して霊感をまったく感じない私たち夫妻には関係がなかった。一方、部屋は前日のレン・イ・タンと比べると普通で、取り立てて特徴がある訳ではなかった。
尤も、建物自体は非常に贅を尽くして作られており、青く塗られた壁が醸し出す独特の雰囲気は、この宿に宿泊しないと感じられないのかもしれない。

翌朝の朝食はセットメニューで出されるようで、注文するとしばらくして頼んだものが運ばれてきた。取り立てて印象には残っていないので、可もなく不可もなくだったと思う。

チェックアウト後、宿泊客は無料で参加できる内部見学ツアーに参加。中国系マレーシア人の男性が、ユーモアたっぷりに、チョン・ファッ・ツィーの一生と7番目の夫人の物語を1時間にわたってそれぞれの場所で聞かせてくれた。19世紀から20世紀の歴史に興味のある私にとっては非常に面白い時間であった。

ペナンの商家を使った宿(その1)

昨年(2017年)の春にペナンに行った。以前は日本からの直行便も就航していたのだが、現在は乗り換えのみ。今回はクアラルンプールを経由してのペナン行きとなった。
昔はペナンと言えばリゾート地であり、30年くらい前であれば、ペナンに行くパックツアーも多数催行されていた。ところが日本のバブル崩壊の頃から、ペナンに行く人は少なくなり、いつの間にか日本からの直行便もなくなって、フライトはすべてクアラルンプールに直行するようになっていた。

観光客が減ると、一般にはそのまま廃れてしまうか、徹底的なてこ入れをして再度観光客を呼び込むか、いずれかになってくるのだが、ペナンの場合は後者であった。古い町並みを整備しなおし、旧市街の全域が2008年に世界遺産に登録。正直リゾートとしての魅力は現在は皆無に近く、ビーチで海に入るという意識がまったくないのだが、一方で街歩きをするには結構魅力的な場所に変わっていると思う。
そのペナンで宿泊するホテルを探していると、面白いホテルがいくつか出てきた。2泊しかしなかったのだが、2泊とも別のホテルにしたので、今日はそのうちの1つを紹介してみたい。

ホテルの名前はレン・イ・タン ヘリテージ・イン(Ren I Tang Heritage Inn)と言う。元々はYin Oi Tong(仁愛堂)という薬の問屋さんだったそうで、建物は1885年に建てられたもので、2009年まで現役の問屋として機能していたとのこと。翌年、ホテルに改装されているのだが、その薬の問屋だったころの設備をそのまま上手にホテルにしてあった。

建物は古いので、エレベーターがない。ところが、ペナンにやってくる観光客は、私たちを含め荷物が大きい人が多い。そして客室は2階、3階に位置している。しかも階段は昔の建物故に結構急である。階段を持って上がらないといけないかと思ったら、レセプションのお姉さんは一言、「ここに置いておいていいわよ。持って上がるから。」と宣った。
薬問屋時代は、2階、3階は倉庫を兼ねていたらしい。当時の薬を運ぶ滑車が残っており、それを使ってスーツケースなどの大きい荷物の上げ下ろしを行い、人間は階段で、というシステムになっていたのだ。

客室はきちんと個室にしつらえてあったが、私たちはロフトのある客室に宿泊した。部屋に入ってみると、ベッドがロフトにしつらえてあり、階下にシャワーと洗面、トイレ、リビングスペースという構造になっていた。部屋には注射器のオブジェがあったり、薬問屋を意識されるものも。この手のホテルはなかなか手が込んでいて面白い。

翌朝の朝食もサービスでついてきたが、日中はカフェとして営業しており、カフェの名物らしきビーフンもサービスしてくれた。1泊だけでは少しもったいない気がする宿であったが、ペナンには面白い宿が多いので、もう1泊するなら別の宿に行ってみたい、と思ってしまうのであった。