魚釣りに行ってみた

生き物が好きな息子は、昆虫だけでなく魚も好きらしく、某テレビ局の魚に関する番組を毎週楽しみに見ているようです。その番組や、保育園のお友達に話を聞いたのか、ある日「お父さん、魚釣りに行きたい」と言い出すようになりました。
嫁と二人でいろいろ調べると、車で30分ほど行ったところに釣り場があり、そこでサビキを使った釣りならできそう、ということがわかったので、義父がかつて使っていた竿をもらい、サビキの仕掛けやらアミエビやら買って、釣り場に行ってみることにしました。

当日朝、車で釣り場を目指すと、釣り場のウェブサイトに「満員で入れません」との表示が。結局、夕方から再度行くことにして、一旦帰宅します。そして息子の習い事が終わった夕方、再び釣り場に行くことにしました。

これは2回目。韓国焼酎の容器で作った氷が薄くて便利!

私は30年ぶり、嫁も20年ぶりの釣りで、しかも糸の結び方などは全くの素人。ネットで拾った情報を元にリールを竿につけ、サルカンと仕掛けを組み上げて、サビキの餌かごにアミエビを詰め、投げてみます。
何度かやっていると、アジやサバがちょこちょこかかります。これ以外にサッパ(ママカリ)がかかって、3時間ほどで20匹の釣果に。最後に釣れたサッパは20cmほどある結構大物で、持ち帰って捌き、翌日から2日で唐揚げやアヒージョにして食べてしまいました。

一番釣れた日はこんな感じでした

それから1ヶ月ほどして、嫁の出勤日の土曜日。息子に「釣りに行こうか?」と聞いてみると、「行きたい!」とのことだったので、二人で朝から釣り場に向かいます。猛烈に暑い8月の夏の日だったので、釣り場はそんなに混んでおらず、2人で釣りの準備をしていると、早朝から来てクーラーボックスがいっぱいになったから帰る、というご家族に餌を頂いてしまいました。

サッパ(ママカリ)はフライにしても美味しい

釣り始めると、この日はいわゆる入れ食いとか爆釣れと呼ばれる状態で、サビキを入れるとすぐサバがかかる状態。一方で、息子はリールなしの仕掛けだけの竿を用意したところ、息子の竿にはアジばかりがかかるという面白い現象になりました。
もっとも、私の竿にもアジやカタクチイワシもかかりましたし、息子の竿にもサバがかかったので、いわゆる「サビキ三兄弟」と呼ばれる魚は一通り釣れたことになります。これと共に、サッパも釣れて、この日持ち帰った魚は78匹で、半数強がサバでした。
もちろんこちらの魚もその日の晩から食べ始め、食べきれない分は味付けして冷凍するなどして、結局1ヶ月もしないうちに全部食べてしまいました。

その後、11月末に最後の釣りに行くまで、ほぼ毎月釣りに行くようになり、毎回アジ、サバ、カタクチイワシに、岡山あたりでママカリとして知られているサッパや、寿司ネタで有名なコノシロなどが釣れて、我が家の晩ごはんのおかずになりました。

カブトムシを採りに行く

息子は3歳ころから昆虫が大好きで、先日6歳の誕生日を迎えましたが、未だに昆虫が大好きなようです。冬は虫がいないのであまり楽しくないそうで、春になってテントウムシが出てくるとテンションが上がり、夏は一番楽しいシーズンのようです。

我が家は昨年採集したカブトムシが残した15匹の幼虫が無事に羽化し、保育園のお友達にもらってもらうなどしてオス2匹とメス3匹を残し、今年はカブトムシを採集に行かなくても良いはずでした。ところが息子は「今年も採りに行く」と言って聞きません。7月下旬に昨年と同じカブトムシのいる森に行ってみることにしました。

昨年は早朝に行ってみたのですが、今年は夕方遅く、日が落ちたタイミングを狙って森に入ります。遊歩道から少し離れた木に、カブトムシの来るクヌギやコナラと言った木があり、そこを探してみると、オスメス合わせて5匹ほど採集。それに加えて今年はコクワガタもオスメス10匹ほど採集できたので、息子は大喜びでした。

バナナトラップにカブトムシ発見!

8月に入って、もう一度採集に行きたい、ということだったので、今度は図鑑に載っていたバナナトラップを仕掛けてみることにしました。バナナトラップを夕方仕掛けて、一度山を降りて夕食、そして夜トラップに戻ってみると、バナナトラップにカブトムシが結構やってきていました。

結局、最初15匹の成虫が羽化したのと同じだけのカブトムシを飼育することになり、夏の初めに500個買っておいた昆虫ゼリーは夏が終わる前にカブトムシたちが食べてなくなってしまいました。
採集してきたカブトムシたちは、夏が終わる頃に順番に☆になって行きましたが、10月になって最後の1匹が☆に。幼虫も無事に回収できているので、来年もとりあえずは羽化させられるでしょうか。
息子の楽しみだった夏は終わり、冬に向かっていますが、来シーズンがすでに楽しみなようです。

息子の成長

息子が誕生してから6年、出生前診断で完全大血管転位症が見つかり、生後10日で手術を受けたものの、その後は問題なくすくすく育ってくれています。もしかすると何かの検索でこの独り言のようなブログを参照されることもあるかもしれないので、完全大血管転位で生まれた子供がどう育つのか、という事例として紹介してみたいと思います。

まず、手術は12時間くらいかかりました。ジャテン手術と言われる、大血管スイッチ術で、一般的に完全大血管転位ではこの術式が多いようです。朝9時に手術室に入って、手術が始まったのが執刀医の説明ではお昼頃、終わったのが日が変わるくらいでした。心臓を止めて人工心肺を使う大規模な心臓手術です。
術後1週間は開胸したまま麻酔下に置かれ、その後循環器が正常に働いていることを確認して、閉胸、麻酔を徐々に下げていき、意識回復となりました。結果的に生後1ヶ月を病院で過ごして退院。一時期は声が出ないんじゃないかとか、いろいろありましたが、結果的に何もなかったようです。

退院からしばらくは、病院への通院が続きます。その時に血液検査があり、心不全の指標数値のBNP値がずっと高いのですが、通院するたびに数値が下がっていき、通院は年2回にまで減りました。

一方で、3歳の検診で視力に問題がある、ということが分かり、こちらは最終的に眼鏡をかけることになりました。弱視、乱視とのことで、現在は矯正視力で1.0見えているようですが、最初は右目の視力が0.3くらいだったようです。


それを除くと、通院していることと、胸に大きな手術の跡が残っていることを除けば、ほぼ普通の子と同じ成長をし、1歳5ヶ月からは保育園に通常保育(医療的ケアは一切なし)で行くようになり、普通に保育園で他のお友達と同じように生活しています。

保育園以外ではスイミングスクールに1歳から行き、最初は親と一緒に入るベビースイミングだったのが、現在はキッズスイミングで親はギャラリーで見ているだけになりました。年長さんになってからはスポーツクラブにも行くようになり、スポーツに関しては全く制限なくできています。主治医に聞いたところ、現在の状況であれば、小学校での体育の授業も制限なしで行けるとのことで、一番問題になりそうな部分はあまり気にせず何とかなっているようです。

そして気がつくと昆虫を中心にした生き物に興味を持ち、ウルトラマンと怪獣を戦わせるのを楽しんでいたり、お友達と走り回ったりして、普通に成長していることを実感します。
先日、心臓病の子供のための心臓病教室に参加したところ、完全大血管転位症でジャテン手術を受けた子は、ほぼほぼ普通に成長するようになっているとか。そんな訳で、この6年の成長についてつらつらと書いてみました。

息子と2人で仙台とんぼ返り旅行

うちの嫁様は月に1~2回、土曜出勤があり、基本的には息子と二人でスイミングスクールに行き、マクドナルドで昼食を取って、その後適当に夕方まで遊ぶ、と言うスケジュールになります。
一方で、JALが2023年4月まで運航するJALユニバーサルスタジオジェットには、青森旅行の時から乗りたい乗りたいを繰り返しており、何とか乗ることを模索していました。ある日前日の運航調査で、伊丹~仙台~新千歳~仙台~伊丹の運用に入ることを発見。飛行機が新千歳を往復してくる間仙台に滞在するショートトリップを企画、航空券をマイレージで発券して出発することになりました。

1日の日帰りなので、車で空港に行き、駐車場へ。セキュリティチェックを通過してラウンジで出発を待ちます。息子はジュースが無制限にもらえるのでテンションが上がっていました。出発時刻が近づいたのでゲートに向かうと、待望のユニバーサルスタジオジャパンジェットが待っていました。

機内は座席カバーがすべてUSJ仕様になっているくらいで、大きな変化はありません。機内アナウンスで「ユニバーサルスタジオジャパンジェットで運航します」とは入ったものの、それ以外に機内サービスのコップがUSJ柄なのを除けば演出は全くなく、ちょっと拍子抜け。
いつもの「今日もライト」でRW32Rを離陸し、いつもの東北に向かうフライトが通る日本アルプス上空へと向かっていきますが、今日は天気がイマイチで景色は楽しめなさそう。息子は持ってきたタブレットで動画視聴タイムでした。

定刻に仙台に到着。仙台空港アクセス線の電車に乗ろうかと思っていると、仙台市内へのバスがある、と言うことで乗ってみます。運賃は500円で、アクセス線に乗るより安いのですが、時間は少し長い感じでした。

仙台駅に着いて、恒例のお寿司タイム。息子と二人でアラカルトで食べ、まあまあの金額を支払ったのですが、帰宅後に嫁に「私だけ食べてない!」とキレられてしまいました(^_^;)普段結構好き嫌いの出てきた息子は、次々と出てきた寿司を平らげていたので、仙台の寿司は美味しかったようです。

その後は息子待望の新幹線を見に行く時間です。「はやぶさ」と「こまち」が見たい、と言っていて、念願のE5系とE6系の連結しているところも見られたので、テンションマックスまで上がっていました。
その後、「やまびこ」のE5系とE2系も見られて、息子は大満足だったようです。30分ほど新幹線のホームに居ましたが、「もう帰るの?」と聞かれるくらいでした。

帰りは仙台空港アクセス線の電車で空港へ。仙台空港駅にあったガチャガチャをした後、セキュリティチェックを通過してラウンジへ。仙台のラウンジは規模が小さいものの、発着がそれなりにあるおかげで運営してもらえるのはありがたい限りです。

帰りもJALユニバーサルスタジオジェットでしたが、クルーの皆さんは新千歳で交代してきたとのことで、往路と違うCAさんでした。
帰りも天気がイマイチなので、息子は動画視聴タイム。私も機内誌を読んだりして過ごし、帰りはRW32Lに到着。今回は車なのでそのまま空港から帰宅。息子は楽しかったようで、嫁さんに一日の出来事を喜々として報告していました。

雪を求めて青森へ(青森・22.1.22-24、3日目)

最終日は午後のフライトで帰るので、朝だけちょっと散策できることになります。青森市内にあるウィーン菓子のシュトラウスさんに行くことにします。ところが息子は雪で遊びたくて仕方がない様子。仕方がないので私が単独でシュトラウスさんに行ってケーキを買ってくることにします。


隣にさくら野百貨店があるので、食品コーナーを覗き、弘前産のリンゴを購入して嫁に連絡すると、ホテルの近くからほぼ動いていないことが判明。何をしていたか聞くと、息子がずっと雪遊びがしたくて、雪を触っては動かなくなり、雪で遊んでは動かなくなるを繰り返していたようです。

もう一つ、今日行っておきたかったのが横山商店さん。年配の女性がやっている昔ながらの惣菜店と言った感じで、焼きおにぎりとおでんが有名になっています。今回はホテルの朝食直後と言うことで、持ち帰りでの購入。焼きおにぎりとおでんは後ほど食べてみましたが、冷める前に食べれば良かった、と思えるほどの美味しさでした。

さて、短かった青森滞在もこれで終了。飛行機への接続バスの時間が悪いので、青森駅を11時前のバスに乗らないといけません。荷物をまとめて空港へと向かいます。

青森からの帰路はJL2154便、これで帰ると夕方までには自宅に到着できます。搭乗が始まって機内に入ると、なんと往路でご一緒した乗務員の皆さんが乗っていました。なかなか珍しいのですが、逆に乗務員の方も、こういうパターンで遭遇するのは珍しいそう。

青森空港を出発し、往路と同じく日本海側を西に進み、日本アルプス上空を南下するコース。往路以上に天気は良く、山々がきれいに見える絶景フライトでした。

伊丹空港到着後、車で帰宅。その後息子に何度となく「お父さん、青森行きたい」と言われたので、よほど青森は楽しかったようです。冬の雪国の旅もなかなか楽しくて良かったです。

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雪を求めて青森へ(青森・22.1.22-24、2日目)

雪を求めて青森へ(青森・22.1.22-24、2日目)

起床すると快晴。天気予報を確認すると、八甲田山方面の天気は午前中持ちそう。それだったら八甲田山に行こう、ということになり、酸ヶ湯温泉行きのバス、「みずうみ号」に乗って出かけることにします。

みずうみ号に乗る人は結構多いようで、席はあらかた埋まっていました。青森市内を抜け、前日雪遊びをしたモヤヒルズを過ぎ、山へと入って行きます。JRの観光バスルートとしても機能しているようで、八甲田山雪中行軍の話など、いろいろなアナウンスを聞きつつ八甲田ロープウェーの山麓駅でバスを降ります。一緒に乗ってきた人の半数以上が下車するようでした。山麓駅は晴れていて、ほぼ天気予報通り。午後は雪予報だったのでこれで良さそう。

ロープウェーに乗ろうと駅に行ってみるとびっくり。なんとロープウェーは長蛇の列。一体いつ乗れるのか、と思うくらいの人が並んでいました。往復の乗車券を購入して列に並びます。大半の人がスキーやスノーボードを持っていて、どうも八甲田国際スキー場のコースにもなっているようです。

30分ほど並んでようやくロープウェーに乗ることができましたが、外の景色を楽しむこともできないくらいの混雑ぶり。山頂まで数分で到着です。山麓と比較すると気温もぐっと低く、全体的にガスが出ている感じ。とりあえず外に出られる格好で、スノーモンスターと呼ばれる樹氷を見に行くことにします。

ロープウェーの駅から出たところがすでにスキー場で、スキーやスノーボードの方はそこから滑って降りていかれています。私たちは展望台からなんとか見えている青森市街などを眺め、30分ほどの滞在で再びロープウェーへ。帰りは私達と同じ観光客と思しき数組を乗せて下山。ゆっくりと景色を楽しむ余裕がありました。

午前中のみずうみ号で青森駅に戻ってこれたので、昼食が青森市内になります。ホテルに帰ったついでに、ホテルのビルに入っているラーメン店で昼食。こちらは煮干しを使った醤油ラーメンで、ラーメンの街青森らしく、種類も多彩です。

冬の青森なのでねぶた祭りは楽しめない、と言う訳ではなく、青森駅に隣接するねぶた祭りの博物館、「ねぶたの家 ワ・ラッセ」へ。ねぶた祭りの歴史から始まり、PCを使った面の作成コーナーなどもあります。息子はそこでシュールな面を描いていました。
そして圧巻だったのは大型のねぶたが複数見られるように展示してあること。映像と共に熱気が伝わってくるようで、実際に見に来てみたいな、と思わせるものがありました。

まだ少し時間があるので、このまま弘前へと足を伸ばしてみます。青森駅から弘前行きの普通列車に乗ります。かつては青函連絡船への乗り換えで栄えた駅も、今や特急列車は秋田方面からの「つがる」だけ。これから乗る普通列車は、五能線で使われているGV-E400系の2両編成でした。
電気式のディーゼルカーと聞いていたので、エンジン音よりモーター音かと思ったら、完全にディーゼルカーで、激しいエンジン音を轟かせ、弘前へと向かうことになりました。途中で雪がちらつき始め、弘前に着いたときには完全に雪になっていました。

弘前城の堀のところで、桜の木にピンクの照明を当てる「冬に咲くさくらライトアップ」をしているとのことで行ってみます。残念ながらあまり枝に雪が着雪しておらず、雰囲気としてはちょっと拍子抜け。
弘前駅に戻ろうと思いましたが、あまりに雪が降ってきたので、さすがに歩くのは無理。タクシー会社に電話すると、2社目で無事に繋がり、1台配車してもらいます。駅前のイトーヨーカドーまで行き、そこでちょっと買い物を済ませ、青森へと戻ることにします。

青森に戻って、宿に戻る途中の居酒屋で夕食。うちの近くの居酒屋で飲むのと同じ金額でこのクオリティ、大満足でした。

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雪を求めて青森へ(青森・22.1.22-24、1日目)

雪を求めて青森へ(青森・22.1.22-24、1日目)

松山へのどこかにマイルの旅から帰ってきて数日後。SNSを見ていると、「JALが青森行き2000円台から」という内容の記事が流れて来ました。どうも北東北と北海道の縄文遺跡群が世界遺産に登録されたことを記念して、特別運賃の設定に至ったようです。さすがに2000円台は札幌丘珠~三沢などの限られた路線のみでしたが、大阪伊丹~青森が往復1万円を切る運賃設定になっていました。以前から「雪遊びに行きたい」と言っていた息子、近くの人工雪のところに連れて行くより、確実に天然の雪が多い青森は良い選択肢になりそうだったので、2ヶ月先の1月にターゲットを絞り、伊丹~青森の往復を決済。3人で27000円ほど、うち15000円分は溜まったマイルをeJALポイントに引き換えて支払ったので、持出しになったのは12000円ほどでした。

12月くらいから、今シーズンは寒い冬になるらしい、との予報が流れ、青森の雪がかなり積もっていることも報じられました。一方で新型コロナウイルスはオミクロン株の感染拡大が懸念されるようになり、実際に行く頃になると、すでに一部の都道府県にまん延等防止措置が発令されるレベルになってしまいました。
一方で、航空会社の減便もなく、また航空券の払い戻しも電話して聞いてみると「全額手数料を頂きます」とのこと。計算してみるとマイルを引き換えたeJALポイント分がなくなりそうでしたが、一方で以前から感染対策さえきちんとすれば何とかなるのも事実です。今回は、そういった事情も踏まえて、決行することにしました。

往路は7時55分発のフライト。車で空港に行き、嫁と息子は先に下ろして、私自身は近くの時間貸し駐車場へと車を置きに行きます。サクララウンジで出発まで過ごし、22番ゲートから青森行きJL2151便に搭乗します。我が家の家族旅行、最近はずっとエンブラエル170の飛ぶ行き先(花巻、松山)が続いたので、190に乗るのは久しぶりです。

北東北に向かうフライトなので、京都から名古屋あたりまで飛んだところで北上。日本アルプスの上空を抜けて日本海側へと抜けるルートを取ります。数年前に秋田に通っていた頃によく飛んだルートです。晴天だったので非常に綺麗に日本アルプスを望むことができました。

青森が近づき降下が始まります。一度青森市街を抜けて津軽海峡まで出て、最終進入するようですが、青森市街や津軽海峡は晴れていたのに、青森空港周辺は雪。息子は一面の雪が積もった景色を見て早くもテンションが上っているのが分かります。

青森空港に到着し、荷物を引き取って外に出ると、外は雪がしんしんと降っています。息子は早速雪遊びがしたいらしく、道路に飛び出しそうになってしまい、いきなり雷を落とされることになります。
今回は車を借りていないので、ここからは公共交通機関を使います。JRバス東北の空港連絡バスで青森駅へと向かいます。乗っている時間は30分ほどで、青森駅の1つ手前の新町バス停でバスを降り、宿へと歩いていきます。息子は途中で雪かきされて積み上げられている雪を触りまくり、遊びまくるので、全く前に進みません。ついに嫁に叱られて、雪遊びをその場では諦めてくれました。

宿はチェックイン時間になっていないので、荷物だけ預かってもらい、そのままでかけます。まずは昼食を食べに行くことになりますが、青森は知る人ぞ知るラーメン王国。ホテルの近くで牛乳カレーラーメンを食べることにします。青森のB級グルメとしても有名なこのラーメンですが、食べてみると非常に美味しいのです。牛乳とカレー、意外に合う。

その後、青森駅からバスに乗って、モヤヒルズへと向かいます。JRバス東北に乗ったら、バスはE5系と同じ色の車両でした。当時は新幹線に全く興味のなかった息子ですが、今見たら発狂するくらい喜んだ可能性があります。
ここは八甲田山麓に作られた小さなスキー場ですが、雪遊びしたくて仕方がなかった息子をまず遊ばせる場所としてここをセレクト。30分ほどでスキー場前のバス停に到着です。


着替えてソリを借り、ソリ専用ゲレンデへ。大人はスキーをしたくなりますが、さすがに息子にはまだ無理なので、一緒にそり遊びです。よほど楽しかったのか何回も何回も滑り降りて来たので、これだけでも十分価値がありました。

途中で休憩したりして夕方まで過ごし、帰りは青森市営バスで青森駅方面へ。降りる時にバス代を払おうとすると、「バスカードを使ってもらうと100円安くなりますから」と運転士さん。1000円のカードに100円のおまけがついているそう。まさに顧客目線、素晴らしい対応でした。

この日は夜、寿司を食べに行く予定にしていたので、予約してあった三九寿司へ。お刺身、巻きずし、握りなどを注文し、日本酒でちびちび。そして結構食べているのにかなり安いという、コストパフォーマンスの高い夕食になったのでした。

トイレトレーニング

3歳を過ぎたあたりから、息子のトイレトレーニングを開始しました。最初のうちは、アンパンマン柄のパンツに大喜びして、パンツを履いてみたものの、ものの1時間もしないうちに全量おもらし。その日は3回履かせて3回とも漏らしてしまい、結局うまくいきませんでした。

ほぼ週末ごとに全量漏らす、を繰り返し、ついに嫁さんがトイレに座らせる作戦を決行。保育園でもトイレに座らせる、ということをしてもらっていたおかげか、やっとトイレでおしっこをする、ということが分かったようでした。
自宅では比較的おしっこについてはトイレでできるようになってきたので、保育園とも相談し、パンツで1日を過ごしてもらうようにしました。ところが、保育園では問題なくトイレに行けても、自宅に帰ってきて「おしっこは?」と聞いても「出ない」を繰り返し、最後は漏らす、ということを繰り返すようになります。トイレトレーニングは、叱ってしまうと排泄が嫌になる、ということから、叱らないでやりなさい、といろいろなところで書いてあるのですが、さすがに毎日毎日同じことを繰り返すので、「今度漏らしたら外に出す!」と叱り、実際に漏らした時は本当に外に出す、という荒療治をするに至りました。

それを繰り返すこと1週間ほど、最近は保育園から帰宅すると、ヘルメットを脱いで、上着を脱いで、手を洗って、トイレでおしっこをする、という流れを作ることに成功。おしっこについては漏らすことがなくなり、その後食後や寝る前、朝起きた時など、積極的にトイレに行くようにもなってきました。

ここまでは順調でしたが、一方でうんちは上手く行きません。2回トイレでうんちをすることは成功しているのですが、その後全くダメ。パンツでうんちをされると大変なので、トイレでできなかった時は一旦おむつを履かせてうんちをさせる、という方法を取っているのですが、なかなかうんちまでスムーズにトイレでしてもらえるようになるには、道が長そうな雰囲気です。ただ、本人は「うんち出そうだからオムツにする」とか言うようにはなっているので、あと一息のところには来ているのかな、とも思いました。

昆虫大好き

息子も3歳を過ぎ、最初の頃の「本当に大丈夫かな?」と思っていたところはどこへやら、今や熱を出して保育園の欠席もほとんどなく、体格も身長はギリギリ平均値の下限あたり、体重は平均値の上限あたりにある、「ちょっと横に大きい」子供に成長してきました。

その息子が最近興味があるのが昆虫で、保育園で公園に行くと、結構昆虫観察をしているとのこと。幸い近くに伊丹市昆虫館という、これまた昆虫大好きな息子に最適な施設があるので、ここへたまに連れて行くようにしています。

企画展でやっていた「虫のうんこ」が殊の外お気に入りだったようで、虫のうんこの話を保育園で先生にしたりしていて、連絡帳に「昆虫のうんこの話をされました」みたいなことが書かれていることもしばしば。自宅の庭のダンゴムシだけでなく、昆虫館で飼育されているカブトムシや、水生昆虫のゲンゴロウやタガメなんかも知っていて、きちんと知識として吸収しているようでした。

尤も、昆虫は好きでも「そっと触る」ということができない息子、先日もニガウリから出てきた青虫を喜々として触っていたのですが、その後見てみると見事に潰れて昇天してしまった様子。このあたりの力加減がきちんとできるようになると、家の中に生きた昆虫を持ち込むことになりそうだな、とすら思います。

さて、その息子のお供で昆虫観察に付き合わされる親父の方はと言うと、元々スライドのデジタルデュープ用に買って持っていたタムロンのレンズを使って、昆虫のマクロ撮影なんぞを試してみてしまい、親子で昆虫観察(息子は観察、親父はマクロ撮影)をしているという不思議な光景となったのでした。

息子の成長(2歳半)

このようなコロナ禍の中でも子供は成長するもので、早くも2歳の誕生日から半年が経過しようとしています。大人の半年は大したことがないのですが、子供の半年はそうはいきません。2歳の誕生日に「どんぐりコロコロ」「飛行機」とか「いや!」とか単語くらいしか言えなかった息子、二語文はあっという間に終了し、今やちゃんと文章が口から出てくるようになりました。
それこそ、母親を呼ぶのに、「ねぇ、おかあさん!見て!ダンゴムシいるよ」「お父さん嫌!あっち行って!」など言えるようになっているので、基本的な意思疎通はできています。
最近は動詞の概念が分かってきたようで、例えばこんな問答ができるようになってきました。
私:ヘルメットを
息子:かぶる
私:自転車に
息子:乗る
私:アンパンマンが空を
息子:飛ぶ
こういう会話ができるようになると、 こちらもかなりやりやすくなりますし、息子本人も「何が不満なのか」を口で言えるようになるので、泣く回数が少なくなりました。と言っても、ぐずりますし泣きますが。

保育園でも、行き始めた頃はおやつも食べずに泣いていたのがウソのように、うるさいくらいお喋りしているようで、連絡帳に「外にお散歩に行って、カモを見つけて『かもー』と言ってました」とか「アンパンマンの歌を歌ってオンステージでした」とか書かれているのを読むにつけ、いったい誰に似たんだ、と思ってしまうほど。今の姿を知っている人には「嘘をつけ」と言われそうですが、 私は幼少期は全く喋らない子でしたし 、嫁もそんなに喋る方ではありません。正直、うるさい!と言いたくなるくらいしゃべることもよくあります。
そして、おそらく保育園でしょっちゅう先生を呼んでいるようで、よく自宅で「せんせ、おかぁさん!」と言い直すこともあれば、酷いと私たち親を「せんせぇ」とか呼んできます。先生じゃねえっての(-_-)

旺盛な食欲は相変わらずですが、好き嫌いが出始めました。キノコや鶏肉の皮、牛筋などは食べませんし、緑色の野菜も好きじゃないようです。小松菜、ほうれん草、グリーンサラダは見事に残します。一方でタケノコは食感が好きらしく食べています。肉類は基本好き、と言うことで完全に食については男の子、と言う感じに育っています。

そして、家の中より外が好きなようで、朝からよく庭に出ています。スコップを持って、庭の片隅にある堆肥の所に一目散。何をしているかと言うと、ここでダンゴムシやナメクジを探しているようです。油断しているとせっかく植えた苗を抜かれます。公園に行けば砂遊び、遊具で遊びまくっていますので、このコロナ禍は息子にとっては結構ストレスがたまるようです。
一方で、砂遊びをさせるつもりで連れて行った空港近くの公園、飛行機が見られるのが刺激になったようで、「飛行機見るの」と結構せがまれるようになりました。もちろんそんな頻繁には連れていけないので、逆にちょうど良い刺激にはなっているようですが・・・

あとはアンパンマン大好きなようで、親の知らないキャラクターをよく知ってます。何これ?と聞くと、結構ちゃんと答えてくれます。アンパンマン以外だと、ベネッセのこどもちゃれんじのしまじろう、ミニオン、ドラえもん、最近になってトムとジェリーが面白いみたいです。トムとジェリーなんて1940年代に作られたアニメ作品ですが、今の子供にも分かるというのはすごい作品だな、と言うことになりますよね。

と、この半年で著しい成長をした息子。次の半年でどんな成長をしてくれるか、親としては楽しみです。